北海道・東北地方
岩手県
北上
北上 03-216-2
①調査日 令和元年11月19日
②所在 滝沢市葉の木沢山
緯度・経度:39.7728891207361,141.143521132391
③地区の沿革 滝沢市狼久保(おいのくぼ)に満蒙開拓青少年義勇軍の生き残り達が、中隊長であった柳原昌悦を中心として岩手県出身者が入植した。
④設置年月日 昭和61年9月
⑤設置者 北上部落民一同
⑥碑文(表面) 拓魂の碑 銘記
昭和十六年三月十五日
満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所ニ入所
岩手健児三百三十二名デ柳原中隊ヲ編成
同 十六年六月二日 渡満 勃利大訓練所ニ入所
同 十九年四月一日 第四次北上義勇隊開拓団ヲ結成勃利県金砂地区ニ入植
同 二十年八月九日 ソ連軍侵攻ニヨリ苦難ノ逃避行
同 二十年十月六日 ハルピンに終結難民生活ニ入ル
同 二十一年九月二十ニ日 祖国日本ニ引揚ゲ
同 二十二年四月一日 滝沢村狼久保地区ニ集団入植
入植後2名の故人名
雄途空しく逝きし拓友達よ 安らかに眠られんことを 合掌
⑦碑文(裏面) 昭和六十一年九月吉日
北上部落民一同建之
⑧現在の状況 住宅地の中の墓苑で管理されている。
岩手県
東北
東北 03-216-3
①調査日 平成28年9月8日
②所在 滝沢市
③地区の沿革 昭和21年満洲引揚の第6次東北村開拓団が解放された国有地に入植した。
④設置年月日 昭和56年12月
⑤設置者 建立實行委員長 田代寛他36名
⑥碑文(表面) 入植三十六周年記念 拓魂
岩手県知事 中村 直 書
⑦碑文(裏面) 此の地は戦後緊急開拓事業に依り旧農林省青森営林署林班用地の開放を受け昭和21年旧満州国三江省鶴立県第六次東北村開拓団の同士が太平洋戦争の終結に依り絶筆に言い尽くせぬ凄惨な地獄の苦痛を舐め乍ながら死線を乗り越え裸一環で引揚げ復員者と結集し再度入植せし地である。
入植当初は食料と水不足に苦しみ且つ火山灰層の為苦難の連続であった。我々は満州時代の強固な開拓精神と気力と根性で如何なる困苦欠乏も克服一致協力開墾鍬一丁で未墾の山野を開墾自力更生と自活の道を求めて前進す汗の結晶が実り秀峰岩手山麓の原野に栄光の農業基盤を確立す。
尚昭和26年農地配分が行はれ耕地不足が判明し分れに8戸移転入植す 地の利に恵まれ開田に成功水田地帯としての基礎を造る苦節星霜入植36年の記念として我々の開拓精神を永く後世に伝承すると共に子孫えの遺訓として、この碑を建立す。
昭和56年12月吉日
建立實行委員長 田代 寛他36名
⑧現在の状況 地域の集落センター敷地で管理されている。
岩手県
柳沢上郷
柳沢上郷 03-216-4
①調査日 平成29年7月31日
②所在 滝沢市
緯度・経度:39.8006435252298,141.083449970607
③地区の沿革 昭和23年に国有林が解放され、長野県上郷村、岩手県内から入植した。
④設置年月日 昭和51年10月
⑤設置者 入植者
⑥碑文(表面) 開拓之碑
滝沢村長 柳村 兼見書
⑦碑文(裏面) 此ノ開拓地ハ戦後ノ緊急開拓事業ニ依リ国有林ヲ開放シテ昭和二十三年度ニ長野県下伊那郡上郷村及ビ岩手県内ヨリ入植シタ、当時ハ弱冠二十才前後ノ若者ガ食料危機ニ悩マサレナガラ一ツ屋根ノ下デ寝食ヲ共ニシ困難辛苦ヲ乗リ越エテ現在ニ至ル、此ノ碑ハ入植三十周年ヲ記念シテ開拓精神ヲ永ク後世ニ伝エル為ニ之ヲ建立ス
昭和五十一年十月吉日建立
入植者個人名
⑧現在の状況 地域の施設地内で管理されている。
岩手県
夜蚊平
夜蚊平(よかだいら) 03-216-5
①調査日 平成28年11月14日
②所在 滝沢市
③地区の沿革 昭和22年4月に元満州開拓義勇隊の引揚者、地元から74戸が解放された国有林、27年にはシベリア引揚者16戸が解放された民有地に入植。4組合(沼森、臨安、花平、鬼越)に分散していたが昭和39年に合併して、夜蛾平開拓組合となる。
④設置年月日 昭和46年9月26日
⑤設置者 入植者
⑥碑文(表面) 拓
満州より再起入植をここに記念す
滝沢村長 柳村兼見
昭和二十二年四月十二日入植
建設者芳名六十三個人名
昭和四十六年九月二十六日建立
夜蚊平開拓酪農農業協同組合
副碑
⑦碑文(裏面) 無し
⑧現在の状況 小中学校の敷地内で管理されている。
岩手県
西山
岩手県
盆花開拓
盆花(ぼんばな)開拓 03-301-2
①調査日 令和6年10月31日
②所在 岩手県岩手郡雫石町長山猫沢
③地区の沿革 盆花開拓は、岩手山の麓南側に位置し、近くには網張・玄武温泉、また網張、岩手高原スキー場など観光・冬のリゾートが充実した場所である。
昭和23年、長野県から渡満していったかつての満蒙開拓青年義勇隊の引き揚げ者31戸が入植。現地は美しい名とは裏腹に、標高500mの高冷地で巨大な火山岩がゴロゴロ転がり、熊笹が密生。山腹の激しい風と冬の酷寒に開墾は難航し、その後、入・離農を繰り返し、最終的には約80%が当地を離れるなど、まさに棄民政策の典型といった開拓地である。
④設置年月日 不明
⑤設置者 入植者
⑥碑文(表面) 拓土
⑦碑文(裏面) 盆花開拓22周年記念 昭和23年入植者名
⑧現在の状況 現在は、交雑種の肥育経営農家1戸、酪農経営農家数戸のみとなっている。岩手県
開拓記念公苑
開拓記念公苑 03-301-3
①調査日 令和6年10月31日
②所在 岩手県岩手郡雫石町長山岩手山
③地区の沿革 開拓記念公苑は、開拓ゆかりの地、雫石町網張温泉下に位置し、昭和45年、岩手県開拓振興協会が建設した。開拓25年に際し、桜、ツツジ等を植栽整備し記念碑を建て開拓者の聖地とした。
開拓記念碑(開拓25周年の昭和45年10月18日建設)は、姫神山の御影石に正面には当時の千田正岩手県知事揮毫による「拓魂」の二文字が鮮やかに刻まれ、裏面には詩人高村光太郎先生が開拓10周年に寄せた「開拓に寄す」の原文が刻まれている。
この記念碑が引き金となりその後県内各地に拓魂碑が建設された。
④設置年月日 昭和45年10月18日建設
⑤設置者 不明
⑥碑文(表面) 拓魂
⑦碑文(裏面) 開拓に寄す
⑧現在の状況 現在は、岩手県開拓振興協会会員による「拓魂祭」を年1回(10月上旬)に開催している。岩手県
極楽野開拓
極楽野(ごくらくの)開拓 03-301-4
①調査日 令和6年10月22日
②所在 岩手県岩手郡雫石町 長山極楽野96
緯度・経度:39.770886285793,140.978104904739
③地区の沿革 極楽野開拓は、岩手山の西側岩手山麓に位置し、比較的勾配は緩やかであるが土壌は火山灰層で痩せ土である。
昭和21年に地元西山村、満蒙開拓団及び県内外から55戸が入植する。酪農・水田による経営が主体。昭和32年55戸にて極楽野開拓農業協同組合を発足させる。記念碑は、地区内極楽野公民館敷地内に平成8年5月に建立された。
④設置年月日 平成八年五月吉日
⑤設置者 不明
⑥碑文(表面) 拓
碑文
此処、極楽野地域は第二次大戦終結後国営事業に依る食糧政策の一環として、小岩井農場の山林三百haを解放し昭和二十一年地元西山村を始めと岩手県開拓増産隊、拓殖訓練所、満蒙開拓団及び県内外各地から五十数戸の入植に始まる。飢餓と赤貧に耐え病魔と闘い道路整備や分校、三十二年以降は電気導入開拓婦人ホーム、三十九年に開田や水道施設等国や県町村の支援の元今日に至る依って入植五十周年を記す、之を永遠に顕彰す。
平成八年五月吉日
⑦碑文(裏面) 建立実行委員と入植者名簿
⑧現在の状況
岩手県
駒木野開拓
駒木野(こまきの)開拓 03-301-5
①調査日 令和6年10月31日
②所在 岩手県岩手郡雫石町西根 上駒木野
緯度・経度:39.75292614393876,140.95326471345
③地区の沿革 旧西山村駒木野は、廃藩置県の際、南部藩士が帰農し開拓に失敗した地区である。昭和23年、地区面積21ha、開畑187ha、入植26戸、増反73戸、地元次・三男と既存農家の増反で主畜農の計画が立てられた。その後地区が拡張され、入植27戸、増反130戸、配分面積は1戸あたり4haとなった。
この地区は標高270mと地形地質から水田化に適しており、県選出の国会議員、県議会議員等の働きにより、その後美田化され現在に至る。
記念碑は、駒木野地区ほぼ中心部、駒木野神社の近くに昭和39年6月開田事業完了記念を兼ね建立された。
④設置年月日 昭和39年6月
⑤設置者 不明
⑥碑文(表面) 開拓の碑
⑦碑文(裏面) 経年変化により解読不能
⑧現在の状況
岩手県
江刈
江刈(えかり) 03-302-1
①調査日 平成30年8月3日
②所在 岩手郡葛巻町
③地区の沿革 北上山系の高冷地帯に位置し、岩手県における酪農の先進地で「乳の流れる郷」とよばれる。開墾にあたって当時民有地としては日本一広い6,000haの土地を解放し、入植戸数は約160戸、葛巻町全体入植数の約60%占める。現在人口減少により酪農基盤が弱体化しつつある中、町は経営力強化や近代化を進めるための「新葛巻型酪農構想」を平成25年に策定し、効率的かつ合理的な生産と生乳の高付加価値化を図ることで、100年先まで持続する酪農郷を目指している。
④設置年月日 昭和50年8月
⑤設置者 岩手県開拓者連盟江刈分会
江刈農業協同組合
⑥碑文(表面) 開拓二十周年記念 拓魂 昭和五十年八月吉日
岩手県開拓者連盟江刈分会 江刈農業協同組合
⑦碑文(裏面) 一生をかけ二代三代に望みをかけて 開拓の鬼となるのがわれらの運命。食うものだけは自給したい。
⑧現在の状況 くずまき楽農センター内で管理されている。




















